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鹿島アントラーズ

京都三条通の近代建築巡り

  今日も練習動画がアップされています。 良い雰囲気の中、しっかりできているようなので一安心です。

  鹿島の話題も見つかりませんので、12月上旬に参加した京都奈良の近代建築巡りツアーの旅行記の続きを書くことにします。

  二日目は五条のホテルを出発して、ぞろぞろと三条通の早朝散歩から始まります。 地元のガイドさんに案内してもらいながら、近代建築を見て廻りました。

  三条通は、江戸時代に東海道の西の起点として賑わい、明治末期頃までは京都のメインストリートとして栄えた歴史ある通りです。

  そのため明治・大正時代には金融経済の中心地となり、「銀行」「郵便局」「保険会社」 といった様々な近代建築が誕生しました。
  しかし明治45年、電車を通すために四条通と烏丸通が拡張され、メインストリートの座を四条通に明け渡すことになったそうです。

  このような背景があって、三条通は今も狭いまま、数多くの歴史的建造物がたくさん残っています。 お寺と町家のイメージしかなかった京都ですが、知らなかった一面を見ることができました。

宿泊したホテルは、温泉ではないものの、大浴場がありました。 朝風呂に浸かり、スッキリ目が覚めました
京都1      京都2
バスから見えた森永牛乳の販売店は、エンゼルが懐かしかったです。
京都3      京都4
烏丸御池駅付近でバスを降り、三条通へ 辰野金吾の作品、今も現役のみずほ銀行京都中央支店(旧第一銀行京都支店)、2003年に外観が再現されたものです
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1926年に竣工した旧京都中央電話局は、2020年6月に新たな複合施設 「新風館」 としてリニューアルされました
京都7 京都9 京都8
1902年に建てられた「中京郵便局」
京都10      京都12
現役の郵便局で、外壁だけ保存し、中は鉄筋コンクリート作りにしています 足袋の分銅屋
京都11      京都13
京都では有名なイノダコーヒーと、修学旅行生が多く泊まる三ツ星ホテルの日昇別荘
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1916年築SACRAビル(旧不動貯金銀行)と ISSEY MIYAKE京都店
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1890年築 「家邊徳時計店」
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1928年築1928ビル(旧毎日新聞社京都支局) 富田歯科医院
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ぼうろで有名な蕎麦屋さん河道屋と俵屋旅館
京都感たっぷりです
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道路の表示もおしゃれですね バスの中から京都府庁をパチリ
三条通      京都25

  京都と言えば神社仏閣はもちろん、嵐山の見物、四条通の買い物など、観光スポットが目白押しですが、今回は一味違った京都巡りができました。 楽しかったです。 旅の続きは無鄰菴からです。

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2022-01-18 : 文化財 :
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アントラーズがオフなので文化財巡りを回想

  チームはキャンプから帰ってきて、今日までオフです。 鹿島は、しかおとしかこが鹿島神宮節分祭に参加したという話題くらいしかありませんね。 選手 ・スタッフはゆっくり休んで英気を養い、明日からの練習に備えてもらいましょう。

  さて、鹿島ネタがありませんので、書き残していた古い話を記事にします。 さかのぼること3か月、11月3日は文化の日です。 その日の前後を文化財ウィークと呼び、文化財所有者が文化財を公開したり、自治体が文化財巡りや講座などの企画事業を行ったりしています。

  2018年の文化財ウィークは、韓国 ・水原でACLに参戦して帰国した直後でした。 気分は絶好調ながら、肉体的には疲労を引きずりながらの見学となりました。
  文京区小石川にある国の重要文化財 「旧磯野家住宅」 は、通常非公開施設です。 期間限定公開に応募したところ、当選したので、万難を排して出かけましたよ。

  見学会は屋内が撮影禁止でした。 外観の写真しか報告できないのが、残念です。

地下鉄茗荷谷駅は、ホームが開渠だったのでびっくりしました
茗荷谷2         茗荷谷1

大谷1         大谷4

 主屋の屋根と外壁に銅板が張りめぐらされている外観から 「銅(あかがね)御殿」 とも呼ばれています。 施主の故磯野敬 (敬称略) は、千葉県夷隅出身の元衆議院議員で、日本全国で植林事業を展開して 「山林王」 と呼ばれていた方だそうです。

  建築の際、磯野が大工側に要望した条件は、寺院風で、地震に強く、耐火性のある住宅という3点のみで、建築費用や工事工期には制限を設けなかったそうです。 主屋は明治42年 (1909年) に着工し、竣工は大正元年 (1912年) とのことでした。
  木曽の檜、屋久島の杉、御蔵島の桑等、国内の吟味された木材が使われ、粋を凝らした技術の高い建築作品です。 書院造りながら、派手さはなく、地味な印象でした。

味がある四脚門、強度とデザインなのでしょうか、屋根を支える柱が斜に傾いていました
大谷2屋敷側も傾斜していました大谷3
玄関先の車寄せ、天井は格天井で欄間がありました
大谷5         大谷6

  長年、見てみたいと熱望していた建物でしたから、嬉しかったですよ。 現管理者の (公財) 大谷美術館さんに感謝申し上げます。 良いものが見られて眼福でしたし、冥途の土産になりました。

  「旧磯野家住宅」 へは指定時間より早く着いてしまったので、その前にお隣にある国の登録有形文化財 「山﨑家住宅」 を外から眺めさせてもらいました。
  2階建ての瀟洒な洋館と平屋の和館からなる大正期の住宅建築です。 洋館はステンドグラスがあり、イスラム風意匠とのことです。 中も見たかったなぁ・・・。

山崎1         山崎2

  もう1箇所、「旧磯野家住宅」 の向かいに、筑波大附属小学校校があります。 江戸時代は、守山藩の上屋敷があった場所で、崖下には池があり、往時の池泉回遊式庭園を忍ばせています。 ここは占春園と呼ばれ、江戸三名園と称された大名庭園の一部です。

占春1         占春2
樹が鬱蒼として暗いです    筑波大の前身、東京師高等師範校の校長を務めていた嘉納治五郎の像がありました
占春3       嘉納治五郎像占春4

  附属小学校の生徒が占春園内の管理をしているようですが、少々荒れが目立ちます。 大名庭園好きとしては、文京区が手助けしてキチンと保存して欲しいです。

  水原三星に勝って決勝進出を決めた数日後でしたから、気分良く文化財巡りができました。 思い返すだけでにやけてしまいますね。 今年もたくさんタイトルを獲って、喜びたいものです。 福は~~~うち!。

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2019-02-04 : 文化財 :
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天皇杯番外編

  時間が経つのは速いもので、快勝した天皇杯3回戦からもう一週間以上も過ぎてしまいました。 あの日は、町田市立陸上競技場へ向かう前に、寄り道したところがあります。

  だいぶ前から気になっていた旧白洲邸、 「武相荘 (ぶあいそう)」 です。 知る人ぞ知る武相荘は、鶴川村が武州と相州の境に位置していたことと、開戦後、政治や実業から離れて暮らすという意味で無愛想とかけて名付けたようです。
  この家の主だった白洲次郎氏は、戦前、近衞文麿首相のブレーンで、戦後は吉田茂首相の私設秘書官となり、サンフランシスコ講和会議に尽力したことでも有名です。

  NHKでドラマ化され、一気に白洲次郎ファンが増えたと思っています。 俗な言い方をすると、英国仕込みの紳士道を究めた 「日本一カッコいい男」 と呼ばれています。
  そのカッコいい男と随筆家である飛んでる妻が、まさに浮世離れしたように住んでいた家を見学に出かけました。

アプローチから長屋門                        納屋を改修したチケット売り場とショップ
武相荘1         武相荘19
カフェになっている旧ガレージ
武相荘2         武相荘3

武相荘14         武相荘4
こちらは2階がBar&白洲次郎ギャラリーになっている納屋
武相荘5         武相荘12
レストランになっています
武相荘15         武相荘20

武相荘11         武相荘6
主屋の玄関
武相荘7  海から拾ってきた大壺 武相荘16

武相荘9         武相荘8
主屋の中は撮影禁止でした。 農家のつくりを上手く生かしているところを紹介できないのが残念です。
武相荘10         武相荘13
散策路
武相荘18         武相荘17

  ミュージアムエリアは広いのですが、見学できる建物が旧主屋と納屋を利用したBarの2棟ほどでしたから、思ったより時間が掛かりませんでした。 酷暑の中、鶴川駅へ戻り、天皇杯の開場まで時間をつぶすのに苦労しました。

鶴川駅構内にあったポスター、相馬さんや中島は人気がありますねぇ。 平戸はレンタルのせいでしょうか、あれだけ活躍しているのにポスターは見当たりませんでした。
町田1         町田2
初めて訪れた天空のスタジアム
町田3         町田4
酷暑の中、人もボールもよく動いて、ほぼ完勝でした。
町田5         町田6

 今日からJリーグ選手の追加登録期間に入りましたので、噂されている移籍話でも書こうかとも考えましたが、正式発表を待つことににしましょう。 何はともあれ、巻き返しを期待していますよ。

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2018-07-21 : 文化財 :
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文化財ウィークの散歩

  いよいよ柏戦まであと3日となりました。 スタッフダイアリーによると、選手たちはいたって普通で、練習時間以外はものすごくリラックスしている印象だそうです。
  確かに今から意気込んでも仕方がありませんし、満男の言うとおり、「いかに集中する時に集中できるか。やることを完全に理解して実行するか。」 が大切ですね。

  この言葉を胸に、年寄りも落ち着いて週末に向かおうと決めました。 今日はサッカーから離れて、毎年11月上旬に開催されている文化財ウィークについて触れることにします。

  昨年の文化財ウィークは、開催時期が2ndステージの最終盤と重なっていました。 また、個人的には直後に金沢・能登の旅行を計画していたので、その準備などに忙しく、文化財ウィークの特別公開を失念してしまいました。
  今年は札幌戦を勝利し、気分的にも余裕がありましたよ。 11月の初旬、爽やかな秋空につられて、文化財を見に歩きました。

  今年初めて特別公開された紀尾井町にある 「旧李王家東京邸」 は、1930年竣工した建築物です。 李王家は李氏朝鮮の歴代国王を出した家系で、韓国併合後は日本の皇族に準じる待遇を受けた方でした。
  李王家が住んでいた邸宅は、赤坂プリンスホテル旧館を経て、現在はクラシックハウスと呼ばれ東京ガーデンテラス紀尾井町の一部となっています。

  この貴重な建物は、ウェディング・宴会・パーティーができるレストランとして使用されています。 期間中の仏滅を狙って午前中に訪れたのですが、宴席の予約が入っているとの理由で、内部を見学することができませんでした。
  興味のある皇室建築でしたから、見られなかったのは残念でしたねぇ。 せっかく都指定の有形文化財になっているのですから、公開期間中はせめて午前中だけでも見学させてもらえれば嬉しいのですが・・・。

李王家1        李王家2

李王家3        李王家4

李王家5        李王家6
玄関の中は、見学を断られた方々が受付にクレームをつけて、大混乱となっていました
李王家7               李王家8
おしゃれで重厚な内玄関扉の取っ手
李王家9               李王家11

李王家10        李王家12

李王家13   階段踊り場のステンドグラス 李王家14

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旧李王家邸宅は江戸城お濠の脇に建っていました
李王家19        李王家20

  何を言っても見せてもらえる訳ではありませんから、早々に諦めて、別の文化財へ向かいました。 地下鉄で北区王子へ足を運び、やはり今年初めて公開に踏み切った国指定重要文化財の 「旧醸造試験所第一工場」 を訪れました。

  通称赤レンガ酒造工場は1903年に建築されたものです。 設計者である妻木頼黄は、カブトビール半田工場、横浜正金銀行本店、横浜新港埠頭倉庫、日本橋 (意匠装飾) などを設計しており、明治を代表する建築家です。

醸造3        醸造1

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醸造13   外から見た丸窓  醸造16

  平成27年まで、清酒造りを学ぶ施設として使用していたそうです。 これからも、もっと広く公開し活用して行ければ、歴史的な建造物としても生きてくると思います。 飛鳥山公園も近く、ここにも桜が植えられていますので、春には日本酒の醸造について学びながらお花見ができるといいですね。

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2017-11-24 : 文化財 :
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篤人軍団が 『VS嵐』 に出演 & 美し国旅行記 その3

  今日は、フジテレビの 『VS嵐』 に篤人率いる大迫・三竿健斗・乾・酒井×2の6名が、篤人軍団として出演しました。 ゲストがいろいろなゲームで嵐と対戦する番組です。 普段は見ることがありませんが、鹿島ファミリーが3人も出るとなれば話は別です。

  冒頭で篤人は、一人だけ国内組の健斗に気を遣ってきちんと紹介していました。 なぜ健斗に白羽の矢が立ったのかは分かりませんが、あのメンバーでは、少し気の毒です。 早く肩を並べられるようになるといいですね。

  大迫はケガ前の収録ですから、元気な姿を見せていました。 今年の全国高校サッカー選手権大会の応援リーダーに就任が決まったことも、今日、発表されましたね。 ゲーム中には、「ハンパない逸話」 も語られ、画面に映る笑顔を見ていると、右足首靭帯損傷で離脱とは、残念でなりません。

  鹿島関連の話題はこれくらいにして、先月の美し国旅行記の残りを書き上げてしまおうと思います。 早いもので、もう8月になってしまいました。 しかし、あの時のほうが今よりずっと暑かったなぁ・・・。

  美し国を訪れて、3日目を迎えました。 この日は、松阪牛で有名な松阪を巡りました。 戦国末期、蒲生氏郷が城を築いた城下町です。 江戸時代には紀州藩に属し、三井、長谷川、小津家などが江戸へ進出した豪商の町でもありました。

  駅前の観光情報センターで、電動アシスト付レンタサイクルを借りました。 御厨神社、旧小津家住宅、三井家発祥の地、本居宣長宅跡を廻り、土日のみ開放している旧長谷川家住宅へ行きました。 今回の伊勢志摩旅行で、松阪を土曜に訪れたのは長谷川邸を見るためです。

  小津家は1653年に江戸に紙店(かみだな)を開業、その後木綿店も開業した 「江戸店持ち」 の豪商です。現在も紙業、不動産業を小津グループとして日本橋で営業されています。

松阪1         松阪御厨1
御厨神社、何故か山伏姿の方が焚火をしていました
松阪御厨2         松阪小津1
旧小津家住宅、商業エリア
松阪小津2         松阪小津3
 
松阪小津5         松阪小津7
                               江戸の豪商番付、小津家、三井、長谷川の名もあります
松阪小津8                松阪小津6
住居エリア
松阪小津9         松阪小津11

松阪小津10         松阪小津12         

  長谷川家は1635年に江戸で木綿仲買商を創め、米、雑穀、干鰯、煙草なども商った江戸店の豪商です。 現代もマルサン長谷川㈱と続いています。

魚町通り沿いの景観
松阪長谷川1         松阪長谷川2

松阪長谷川3         松阪長谷川5

松阪長谷川7         松阪長谷川8         
書院造りの大正座敷
松阪長谷川9        松阪長谷川10         

松阪長谷川11         松阪長谷川12
茶室と大蔵      
松阪長谷川13         松阪長谷川15        
近年になり、大蔵から大判小判が出てきて、市に寄贈したとのことでした。
松阪長谷川14                松阪長谷川16
      
  松坂城址、歴史民俗資料館、本居宣長旧宅などを見た後、今回楽しみにしていた御城番屋敷に行きました。

松阪城         松阪城1

松阪城2         松阪城3
歴史民俗資料館
松阪城4         松阪城5
国学者・本居宣長記念館
松阪城7         松阪城8
移築された本居宣長旧宅・鈴屋と城内から御城番屋敷地に移築された土蔵
松阪城9         松阪城番1

  御城番屋敷は松阪城の警備を任務する紀州藩士の住居として1863年に建てられました。 東棟10戸、西棟9戸が連なり、現在も、一部は子孫の方がお住いになっているそうです。 13戸分は借家として利用されています。 国の重要文化財に普通に住んでいることが驚きでしたなぁ。

松阪城番4         松阪城番2
松阪市が借りて公開している御城番住居
松阪城番3         松阪城番5
                                      御城番屋敷から城を望む景観
松阪城番7         松阪城番6

御城番屋敷のお隣は、1902年創建の旧三重県立工業学校・赤壁校舎         
松阪赤壁1         松阪赤壁2

  原田二郎旧宅:原田二郎は原田積善会を設立した方です。 明治維新後、東京で英語と医術を学び、大蔵省に入省し、その後横浜第七十四国立銀行 (現在の横浜銀行) 頭取を経て、鴻池銀行の再建に尽力し、成功しました。
  その時に得た莫大な退職金と全財産をすべて注ぎ込み、社会公益事業に対する助成団体を設立したのです。 世の中には、本当に偉い方がいるものです。

松阪原田1         松阪原田2

松阪原田3         松阪原田4
                                    和歌山藩同心たちが住んでいた殿町周辺の景観
松阪原田5         松阪原田6

帰り1         帰り2

  松阪工業高校の正門、赤壁校舎、原田二郎旧宅などを見学し、松阪駅から名古屋駅へ向かいました。 近鉄の伊勢神宮参拝きっぷは、特急やバスなど効率よく安く周ることができ、利用してよかったです。
  志摩地方まで入れた美し国3日間の旅でした。 時間はかなり一杯一杯でしたが、見たかったところはすべて廻ることができました。 想像以上に良いところでしたよ。

  最近、熊野古道や、能登巡り、伊勢参りと、日本人の心のふるさとと呼べるところばかりを旅しています。 決して見納めではありませんし、生き急いでいる訳でもありません。

  まだまだ、我らが鹿島アントラーズがCWC優勝を果たすまで生き延びるつもりです。 こんな年寄りでも健康に気遣って何とか生きています。
  選手たちも、夏真っ盛りですが、大怪我をしないように、持っている力をフルに出せるよう祈っています。

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2017-08-04 : 文化財 :
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美し国旅行記 その2

  J2の24節では、レンタル移籍先からぞくぞくと、鹿戦士たちの活躍が伝わってきました。 町田の平戸が初ゴール、岡山の豊川と徳島の太郎がアシストと、いずれも素晴らしいプレーぶりを見せています。
  チームを勝利に導くことはもちろんのこと、昇格に貢献したうえで、鹿島へ凱旋してほしいですね。

  さて、鹿島アントラーズの話題が乏しいので、美し国旅行記 その2を綴ることにします。 伊勢へ行こうと考えている方の参考になれば幸いです。

  2日目は、風光明媚な賢島周辺もゆっくり廻ってみたかったのですが、車ではなかったため諦めて、近鉄電車で一路、伊勢市駅へ向かいました。

宿の部屋から見た夜明け
宿の夜明け         宿の夜明け2
各駅停車で伊勢市駅へ                       珍しい駅名 「ゴチになります」
近鉄鵜方駅         近鉄駅名

  この日は徒歩とバスでの観光です。 別宮の月夜見宮にお参りし、小西満金丹などを見てから、北御門参道へ向かいました。

月夜見宮1         月夜見宮2

小西2         小西1
小西満金丹: 創業1676年、満金丹という薬を売っています。 建物は明治初期に改築されたもので、伊勢地方特有の切妻造様式で、現在は伊勢まちかど博物館のひとつです。 江戸時代の薬箱や乳鉢などが展示されていました。
小西3         小西4
                                      小西満金丹の隣にあった診療所
小西5         小西周辺1
  満金丹の向かいの反物店には、御師福島みさき大夫邸跡という石柱が建っていました。 御師(おんし)とは、今で言うツアーコンダクター兼ホテル兼旅行会社です。 周辺には御師邸の跡がたくさんありました。
小西周辺3         小西周辺2

  いよいよ伊勢神宮外宮です。 正式には 「豊受大神宮」 と言い、天照大御神が召し上がる食事、大御饌 (おおみけ) の守り神です。 伊勢市街のど真ん中にありながら、神域は杉の古木が並ぶ静かな森となっていました。

外宮1         外宮2
正宮の右隣りある古殿地 (次の遷宮地)
外宮3         外宮4
正宮と三石
外宮6         外宮三石
亀橋
外宮亀橋         外宮別宮3
多賀宮(別宮)
棟持柱(むなもちばしら)と屋根との隙間がハッキリ見えます。 伊勢ではどの宮も、壁板で屋根を支えています。 重みで次第に屋根が落ちてきて、20年後の次の遷宮時には、隙間が無くなっているとのことです。
外宮別宮2         外宮別宮1
神楽殿        
外宮神楽殿1         外宮神楽殿2
遷宮の全容を紹介しているせんぐう館 (博物館) と表参道火除橋      
外宮せんぐう館         外宮7         

  表参道火除橋前からバスに乗り、猿田彦神社にお参りし、おはらい町・おかげ横丁を食べ歩き、内宮へ。 五十鈴川に架かる宇治橋へ向かいました。

猿田彦神社
猿田彦1         猿田彦2

おはらい町通りの入口にある旧慶光院と神宮道場
おはらい旧慶光院         おはらい神宮道場
おはらい町通りの建物は、出格子や張り出し南張り囲いという、強い風雨から家を守るための伊勢地方独特の様式を備えています
おはらい1         おはらい5
赤福本店には、夏季限定の氷赤福。 中には赤福餅が入っていて、美味かったです
おはらい2         おはらい4

おはらい3         おはらい・おかげ

  神苑から御手洗場へ、500年を超える杉の巨木の中を歩くと正宮です。 2000年余、変わらぬ風景を留めており、崇敬の念が高まります。 建物は総檜の白木造りで、彩色が施されていないため、清らかな気分に浸れました。

宇治橋と神苑、神苑は玉砂利を敷き詰めた参道、真ん中は神が歩くところと言われています。
内宮1         内宮2
御手洗場:参拝前の禊の場、石畳は徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したと伝わっています。
内宮3         内宮4
神楽殿
内宮5         内宮6

内宮7         内宮8
正宮:三十段余の石段上にたたずんでいます。 鎮座するのは天照大御神です。
内宮9         内宮10
御稲御倉、柱の上部の隙間が空いているのが、確認できます。 屋根は壁で支えているのが分かります。
内宮11         内宮12
擬宝珠(ぎぼし)には嘉永六年と銘が入っていました     別宮・風日祈宮
内宮13         内宮15
柱の上部に隙間が見られます                   伊勢神宮は国道の終点でした
内宮16         内宮17         

  近鉄宇治山田駅や徴古館・農業館などを見物して宿泊先へ。 いやはや猛暑の中、歩きましたぞ。 疲れ果てましたけれども、ビールがことのほか美味かったです。

神宮徴古館はすでに閉館していました。 歴史と文化の総合博物館です。 建物の設計者は、赤坂離宮で有名な片山東熊です。
徴古館1         徴古館2

宇治山田駅1         宇治山田駅2
近鉄宇治山田駅、駅舎が国の登録有形文化財です。
宇治山田駅3         宇治山田駅4

  夕食は伊勢市駅前の居酒屋・満船屋へ。 東京では食べられない海鮮が、揃っていました。 マグロの胃袋ポン酢や、心臓の串焼き、ウツボの唐揚げ、ガスエビの造り、マンボウの腸、岩ガキなど、珍しいものをたくさんいただき、伊勢名物てこね寿司で締めました。
飲み屋1         飲み屋2

  ところで今日の鹿島は、午後3時からザスパクサツとの練習試合が中止となり、通常練習に変更となりましたね。 まあ、セビージャ戦で多くの選手を起用できたので、中止による試合勘などの影響はないでしょう。

  いよいよリーグが再開です。 鹿島は 「真のチャンピオン」 ではないと未だに言われていますので、リーグを連覇して、JFA会長の目を覚ませましょう。

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2017-07-26 : 文化財 :
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美し国旅行記 その1

  「美し国 (うましくに)」 と称された伊勢神宮周辺を2泊3日で探訪してきました。 初日は伊勢市の河崎と二見浦で、街並みや建物の見学です。

  河崎は勢田川沿いの街で、16世紀頃から伊勢神宮門前町である宇治山田へ物資を運ぶ 「川の湊」 として賑わいました。 「伊勢の台所」 と呼ばれて繁栄した往時の面影は薄れていますが、河崎本通り沿いには切妻屋根の町屋や蔵が並んでいます。
  その中心に伊勢河崎商人館があります。 江戸時代に創業した酒問屋 「小川酒店」 の建物で、国の登録有形文化財です。

  名古屋駅から近鉄特急 「伊勢志摩ライナー」 に乗って出発! 伊勢神宮参拝切符という周遊券を購入しました。
伊勢1         伊勢3

河崎1         河崎3

河崎4         河崎2         
隅蓋 (すみぶた) という瓦は、火事除けの願いから水に関わる物が多く、桃は長寿を表しているそうです。      
河崎5         河崎7

河崎6         河崎8
旧小川酒店の事務所入口
河崎9         河崎10
                                   京都の裏千家 咄々斎(とつとつさい)の茶室の写し
河崎11         河崎12
見事な倉庫群
河崎13         河崎14

河崎15         河崎16
山田羽書、伊勢を中心に流通した国内初の紙幣です
河崎17  タモリも訪れていますブラタモリ
勢田川沿いの風景、荷下ろし場が保存されていました
河崎18         河崎19

  JR参宮線の快速みえ号で二見浦駅へ。 駅前から参道を歩いていくと、渋い旅館街が続きます。 海水浴の発祥の地ですから、夏休みは子供たちで賑わうのでしょうね。

二見1         二見3
駅舎は夫婦岩がデザインされていました
二見2         二見5

二見4         二見6

  賓日館 (ひんじつかん) は明治20年、伊勢神宮に参拝する皇族方の宿泊施設として建設されました。 この格調高い建物が3ヶ月余りで竣工したというのは驚きですね。 国の重要文化財です。

賓日館1         賓日館2

賓日館4         賓日館5
座敷側から式台を見ると、前方はすぐ海です         カエルは二見の象徴、階段親柱は一木造りです
賓日館3         賓日館6
無双窓、ナナメにスライドする珍しいものでした
賓日館7         賓日館8

賓日館9         賓日館10

賓日館11         賓日館12
皇族が利用した御殿の間、二重格天井に輪島塗りの格縁、床框は螺鈿細工が施されています
賓日館13         賓日館14
120畳の大広間、桃山式折上格天井は亀の尾といわれ、床の間の天井は屋久杉の一枚板という豪華絢爛さです
賓日館15         賓日館16

賓日館16-1         賓日館17
廊下に橋が掛けられ、昔は太鼓橋のように盛り上がっていたとのことです
賓日館18         賓日館19

賓日館20         賓日館21

賓日館22         賓日館23

  賓日館の先にある夫婦岩と二見興玉神社です。 夏至の頃には、夫婦岩越しに朝日が昇り、富士山が見えるそうです。 自分の目で見ないとにわかに信じられませんが、おそらく絶景なのでしょうね。

興玉2         興玉6
この鳥居越しにご来光と富士山が見られるとのことです
興玉4         興玉3

JR鳥羽駅から、近鉄特急ビスタカーに乗り換えです
鳥羽1         鳥羽2

ホテルの部屋から見た志摩の海
鳥羽6         鳥羽5

  長年、見てみたいと願っていた切妻屋根が並ぶ蔵の町と、皇室の気品高い賓日館でした。 とりわけ賓日館は、超一流の職人さんたちの腕が発揮された建物ですから、ようやく訪れることができて幸せです。
  泊りは賢島で、お腹も満足しました。 翌日は再び伊勢市駅へ戻り、いよいよ神宮参拝です。 この続きは鹿島ネタがないときに、書くことにしますね。

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2017-07-18 : 文化財 :
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美し国へ旅してきました

  Jリーグ前半の地獄の連戦が終わり、天皇杯3回戦も無事に突破しましたので、チームのサマーブレイクに合わせて、世間様より一足早い夏休みを満喫しています。

  日本書紀で 「美し国 (うましくに)」 と称された伊勢神宮周辺を歩いてきましたよ。 「うまし(美し・甘し・旨し)」 は、「うまい」 ことであり、「満ち足りたよい国。 美しい国」 という意味だそうです。 「うまし」 を味わい直そうと、40年ぶりにお伊勢さんへ詣でてみました。

  今回は、若い時に感じることのできなかった伝統・文化に宿された日本人の心のふるさとを訪ねたいと思って出かけました。 また、伊勢神宮や二見興玉神社へのお参りはもちろんのこと、江戸時代に発展した 「蔵のまち河崎」 や、二見浦の賓日館などの文化財巡りも楽しみでした。

  それにしても、この3日間、伊勢志摩地方は本当に暑かったです。 とっくに梅雨は明けていると思いますよ。 2泊3日で、伊勢志摩を駆け巡り、松阪牛で有名な松阪も途中下車してみました。
  京都でも祇園祭が行われていますが、松阪でも 「祇園まつり」 でした。 謂れは確認していませんが、すごい人出と暑さで、残念ながら牛肉をいただく余裕はありませんでした。

  今、帰りの新幹線のぞみの車内で書いています。 見たかったところを計画通り、目一杯歩いてきましたので、心身ともに疲労困ぱいです。 詳しい報告は後日、写真を整理してからご報告します。

  さて、鹿島は山形戦の翌日、午前中に鹿島に戻り、3日間のオフだそうです。 これが明けると、ソシオフェスタで、週末にはセビージャ戦です。 リーガエスパニョールの強豪ですから、楽しみですね。
  CWCで世界に魅せた鹿島のサッカーが、どれほど通用するのでしょうか。 再びチェックするには格好の相手です。 きっと選手たちも自分の力を試したいと思っているに違いありません。 どのようなメンバーで戦うのか、少し先の話ですが、今からワクワクしています。

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2017-07-16 : 文化財 :
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柏レイソル戦前の建物探訪

  旅に出ていますので、古い話になってしまい恐縮ですが、文化財を訪ねる散歩について書き残しておきます。

  その日は、何とか手を尽くしてチケットを確保した柏レイソル戦でした。 劇的な逆転勝ちで、興奮した試合となりましたね。

  せっかく日立台まで出かけるので、前々からどうしても見たかった松戸の文化財を見てから参戦することにしました。
  この日も真夏日で、日差しが強く、アスファルトの上は猛暑を超える炎天下でした。

  松戸駅前にある松戸中央公園から、戸定が丘歴史公園を見て、浅間神社、松龍寺、松戸神社を廻りました。 4時間ほどの過酷な散歩となりましたよ。

松戸中央公園正門として使用されている旧陸軍工兵学校正門と正門歩哨哨舎
工兵学校1         工兵学校2

  旧戸定邸は、水戸徳川家最後の藩主が明治になって建てた屋敷です。 建て主の徳川昭武は、最後の将軍徳川慶喜の弟で、1867年パリ万国博覧会へ将軍の名代として参加したことでも有名です。
  江戸幕府が崩壊した後の建築物なので、規模は大きくありません。 それでも、部屋数が23あり、最上等の杉材を使った気品漂う建物空間となっていました。

戸定邸1         戸定邸2

  建物は国の重文指定です。 庭も国の指定名勝になっているのですが、修復工事に入っていて戸定歴史館と共に見学できなかったのが残念でした。

戸定邸3         戸定邸4

戸定邸6         戸定邸7

戸定邸5         戸定邸8

釘隠しは四つ葉葵です。邸内に葵のデザインが散りばめられていますが、三つ葉はありません。
戸定邸9         戸定邸10

戸定邸11         戸定邸12

戸定邸13         戸定邸14

戸定邸15         戸定邸16

戸定邸17         戸定邸18

戸定邸19         戸定邸20

唯一、三つ葉葵がデザインされていたのは、鬼瓦でした。
戸定邸21         戸定邸22

  旧戸定邸から浅間神社経由で、松龍寺へ向って歩いていた時には、足元が覚束なくなり、呼吸が苦しくなってきました。 熱中症になりかけていたのだと思います。 危なかったです。

浅間神社
浅間1         浅間2

浅間3         坂川1  

現在の坂川と、同じ場所で写真を撮っている徳川慶喜       
坂川2         坂川3

松龍寺
松龍寺1         松龍寺2

松戸神社で、この日の鹿島の勝利を祈願しました
松戸神社1         松戸神社2

松戸神社3         松戸神社4

  松戸駅から柏駅へ向かう電車の中では、ぐったりしてしまい、サッカー観戦が危ぶまれましたよ。 ところが、試合が始まると元気になるものですね。 先制されるも、選手たちの動きから追いつき追い越せると感じていました。

  予想通りになって、本当に良かったです。その後の中2日アウェイ連戦に繫がる見事な試合内容でした。 帰り道は、選手たちから元気をもらい、意気揚々と帰宅しました。 闘った選手を誇らしく思いましたなぁ。

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2017-07-15 : 文化財 :
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がまだすぞ植田 & 品川用水の探索3

  熊本地震の発生から1年が過ぎました。 ニュースから流れる現地の映像を見ても、復興は遅々として進んでいないように感じます。
  この時期、植田や巻などのJリーガーも、熊本出身ということでマスコミに取り上げられていますね。 昨シーズン、湘南戦で植田が見せた涙は、多くのサッカーファンに熊本を応援しようと思わせたに違いありません。

  NHKBSのJリーグタイムでも、中川絵美里さんがJ1通算2万ゴール目を決めるのは、植田だと予想していました。 手書きの模造紙にその似顔絵が書かれていて、似ているのですが、ちょっと笑えるものでした。
  昨年、自分も 「がまだすぞステッカー」 を購入しましたが、あれよりずっと可愛い絵ですね。 「がまだすぞ2017」で再びTシャツにしたら、また売れるかもしれません(笑)。

植田

  さて、今日はチームもオフなので、これといった情報はありません。 先日もご紹介したマイブーム、品川用水の続編を書くことにします。

  品川用水は武蔵野市内の玉川上水から分水して、三鷹市・世田谷区・目黒区を流れていました。 これは、品川区戸越にあった細川越中守の屋敷 (現・戸越公園) の庭内池へ引水するために掘られた 「私的水路」 です。

  これにはビックリしますね~。 そもそも、田畑を潤すための用水路ではないのですよ。 大名の持つ権力の凄まじさをまざまざと感じさせられます。 世界中どこでも、「水を制するものは国を制す」 と言われるのが、よくわかります。

  今日は前回の続きで、梅の咲くころに世田谷区内の千歳通りを南下し、小田急線千歳船橋駅方面へ、環状8号線を越えて、水道道路までを歩きました。

品川用水基本図 (青線が品川用水)
基本地図③

①粕谷町バス停付近、近くに世田谷文学館があり、敷地続きに旧ウテナ化粧品の本社表門があります。
品川・千歳通り1      品川・ウテナ
②複雑な交差点の真ん中にたたずむ粕谷延命地蔵尊
品川・千歳通り2      品川・千歳通り4      

品川・千歳通り5      品川・千歳通り6      

  用水から500m東には蘆花恒春園があり、徳富蘆花の旧宅があります。 蘆花は自宅の井戸の水質が悪かったようで、品川用水へ水を汲みに行ったと、随筆 「みみずのたはこと」 に書いています。

芦花公園1      芦花公園2

芦花公園3      芦花公園4

芦花公園5      芦花公園6

芦花公園7             芦花公園周辺ヒヨドリ

③築通橋:水無川と品川用水が、橋で交差していたところです。
品川・千歳通り7      品川・千歳通り8

④塚戸交差点:正面の細い道が、小田急線祖師谷大蔵駅に向かう 「ウルトラマン商店街」 です
品川・千歳通り9      品川・千歳通り10

                                   ⑤千歳通り(品川用水)と環状8号線通りの交差点
品川・千歳通り11      品川・千歳通り12
水道道路との交差点、道路下に水道本管があります。 街路樹が往時の雰囲気を感じさせてくれます。
品川・千歳通り13      品川・千歳通り14

参考地図1 : 明治14年の地形図、品川用水基本図の①~⑤周辺までの流れが分かります。
古地図粕谷~水道道路

参考地図2: 今回歩いた旧粕谷村、廻り沢村、船橋村周辺までを示している古地図資料です。
品川②-3P16

  こうして実際に歩いてみると、江戸時代の土木技術はレベルが高かったなぁ・・・と思い知らされます。 悠久の時を感じながら、ゆっくり散策するのも楽しいものです。 少しでも関心がある方には、お勧めです。 ぜひ歩いてみてはいかがでしょうか。

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2017-04-19 : 文化財 :
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Author:まき岩魚
ぼけ防止のため、大好きな鹿島アントラーズや渓流釣り、文化財巡りの旅について綴ります。

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